ハルウララとは?【競走馬プロフィール】
ハルウララは高知競馬でデビューから引退まで走り続け、通算113戦0勝という前例の少ない戦績で逆に大きな人気を集めた地方競馬のシンボル的存在です。
勝利こそないものの、ひたむきに走り続ける姿が時代の空気と重なり、入場者数や売上の面でも競馬場を活気づけた功労馬として記憶されています。
とりわけ2004年3月22日のYSダービーJ特別では武豊騎手の騎乗で全国的な注目を集め、単勝馬券は記念グッズとして話題になりました。
父はニッポーテイオー、母ヒロイン、母父ラッキーソブリンという配合で、軽量・小柄ながらタフな連戦に耐える体質を示しました。
本稿では血統背景からキャリアの流れ、名レース、同世代比較、走法的特徴、引退後までを精緻に辿り、主要項目は句点ごとに改行しつつ、レース名や数字などの重要語句を赤マーカーで視覚的に整理します。
生年月日 | 1996年2月27日 |
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性別・毛色 | 牝・鹿毛 |
生産 | 信田牧場(北海道三石郡三石町) |
調教師 | 宗石大/高知 |
馬主 | (株)エムエイオフィス |
通算成績 | 地方113戦0勝[2着5回・3着7回] |
主な勝ち鞍 | なし(話題性と集客貢献で社会的影響を残す) |
父 | ニッポーテイオー |
母 | ヒロイン(母父:ラッキーソブリン) |
目次
本記事では血統背景、デビューまでの歩み、主要重賞を含む競走成績の推移、名レースBEST5、同世代比較、競走スタイル、引退後の歩みを順に解説します。
各章は句点ごとに改行し、重要語句は赤マーカーで強調し、馬名は青マーカーで示します。
必要に応じて目次から各章へ移動し、知りたいトピックをピンポイントでご覧ください。
- ハルウララの血統背景と特徴
- ハルウララのデビューまでの歩み
- ハルウララの競走成績とレース内容の詳細
- ハルウララの名レースBEST5
- ハルウララの同世代・ライバルとの比較
- ハルウララの競走スタイルと得意条件
- ハルウララの引退後の活動と功績
- ハルウララのよくある質問(FAQ)
- ハルウララの成績表
- ハルウララのまとめ
ハルウララの血統背景と特徴
父ニッポーテイオーは現役時代に天皇賞(秋)など中距離の一線級で活躍した快速・先行型の名馬で、父系はリファールのスピードと機動力を色濃く伝える系統です。
母ヒロインは地方で地味な成績ながら、母父にニジンスキー系のラッキーソブリンを配しており、ストライドを伸ばす柔らかさと心肺の持久力を補う構成でした。
この配合は、最高速の高さよりも持続力とタフネスにベクトルが寄ったもので、小柄な体でもへこたれない筋持久力を備えるのが最大の美点でした。
実際にハルウララは馬体重が400kg台前半で推移し、反復出走の疲労に強い体質を示し、砂を被っても怯まずに追走できる精神的な芯の強さを見せました。
一方で瞬時のトップスピードを問われる短い直線や、コーナーでの加速局面では加速にワンテンポを要し、最後にもうひと伸びが利かないという弱点も抱えていました。
それでも配合背景がもたらした反復性と健康寿命の長さは、地方の過密ローテーションに適合し、長いキャリアを安全に走り切る土台になりました。
ハルウララの父馬・母馬の戦績と特徴
父ニッポーテイオーは鋭い先行力と粘りで1980年代後半の中距離路線を牽引し、産駒には先行して長く脚を使うタイプが多いのが特徴です。
この系統は前半のダッシュ力で好位を取り、そこから巡航速度を落とさずに押し切る設計が基調にあります。
母ヒロインは競走成績こそ目立ちませんが、ニジンスキー直系のラッキーソブリンの影響で骨格の強さと持久力が補強され、息の長い脚を繰り返し発揮できる資質を受け継ぎました。
そのためハルウララはダートの消耗戦でバテずに走り切る適性を示し、コーナー四つの小回り形状でも姿勢のブレが少なく、体幹の安定でコースロスを抑える走法を身につけました。
一方で、父系のスピードに対し末脚の瞬発力は控えめで、直線での速い上がり勝負や、ペースが緩んでからの再加速局面ではキレ負けする傾向が認められました。
総じて、配合は勝ち切るための尖鋭さよりも、長期にわたって健康に走る耐久性と安定性を最大化する方向に働いており、それが地方競馬での連戦連投を可能にした根拠といえます。
ハルウララの血統から見る適性距離と馬場
キャリアの大半を占めたのはダート1300mで、1000mと1400mを含む短距離レンジに集約されます。
先行~中団で砂を被りながらもリズムを崩さない点から、ペースが流れやすい良・稍重の条件で道中の巡航速度を維持する競馬が理想でした。
重・不良で時計が速くなるとコーナーから直線までのギアチェンジが緩慢になり、他馬の加速に乗り遅れる場面が増えますが、消耗戦寄りのラップでは最後まで脚色が鈍らず粘り通すシーンが目立ちました。
枠順の恩恵は内がわずかに有利で、砂を浴びすぎないポジションを序盤で確保できるかがパフォーマンスの分岐点でした。
また冬場は体重の維持が難しい小柄体型のため、春~初夏にコンディションがピークへ向かいやすく、2004年の『ハルウララ賛歌』発売記念特別での2着や、2002年夏の2着・3着など、季節変動とも整合する結果が並びます。
ハルウララのデビューまでの歩み
ハルウララは北海道三石の信田牧場で生まれ、小柄で柔らかい身のこなしと素直な気性を評価されつつも、筋量の面で大きな伸び代を残したまま育成段階を進みました。
早期からハミ受けが安定し、キャンターのリズムは軽快で、坂路でも重心の上下動が少ないフォームでしたが、全体的なトルクは控えめでスプリント寄りの資質が色濃いタイプでした。
地方競馬のタイトなローテーションとコース形態は、休養を要する敏感な体質より、むしろ連戦に耐える健康面を重視する配合に合致しており、高知所属の宗石大調教師に託される流れは自然な選択でした。
デビュー前の段階から装鞍やゲートへの順応が早く、厩舎内での飼い葉食いも安定しており、レース間隔を詰めても体調を崩しにくい点が強みとなりました。
入厩後は周回コースでのロングキャンターを基調に、終いだけ15-15で伸ばす控えめな負荷で基礎体力を積み上げ、砂を被る環境で耳を絞らず走れるようメンタル面の馴致も丁寧に積み上げられました。
ハルウララの幼少期から育成牧場での様子
放牧地では常に前向きで、群れの後ろからじわじわと差を詰めるような一定リズムのフットワークが目立ちました。
調教ではキャンターの入りが素直で、テンから速く行くよりもラップを揃えて淡々と刻むタイプで、周回の最後まで息が乱れにくい呼吸の整い方が評価されました。
坂路では前後肢の連動が良く、接地の摩擦を小さく使う推進で脚元への負担が少ない反面、瞬時のダッシュは目立たずスパートに時間を要しました。
育成のキーポイントは体重の維持と飼い葉量の管理で、気温変化に応じて給与を微調整し、減りやすい肩まわりの筋量を維持するメニューが採られました。
スプリント適性に寄る資質からも目標は短距離のダート、特にコーナーで減速せずに回れるフォーム作りに重点が置かれ、外々を回っても止まらない持久スピードの底上げが図られました。
ハルウララの調教師との出会いとデビュー前の評価
宗石厩舎では脚元とメンタルを第一に、強い時計を出しすぎない代わりに出走間隔を詰めることで実戦で学ばせる方針が徹底されました。
追い切りは終い重点で、ラスト2Fを15-15で揃える程度の負荷を反復し、ゲート練習では待機時間のストレスを減らすルーティンを確立しました。
助手や騎手の跨り感は「背中が柔らかく、いつでも同じピッチで走れる」「気持ちが折れない」というもので、勝ち切る鋭さは乏しくとも、出走を重ねるごとに砂適性が磨かれていくタイプと評価されました。
デビューは1998年11月の高知1000mで、以降はクラス編成の変化や季節ローテに合わせながらコンスタントに出走し、連戦を重ねても反動が少ない丈夫さがアドバンテージになりました。
この「実戦で鍛える」プロセスが後の社会的ブームの下地となり、ひたむきさに観客が共感する物語性を生みました。
ハルウララの競走成績とレース内容の詳細
キャリアは高知ダート短距離に集約され、1998年11月のデビューから2004年8月まで113戦を走破しました。
2001年には2着2回・3着1回、2002年には2着1回・3着1回、2003年は秋の連戦で3着2回、2004年春には2着と3着を記録し、季節や馬体の張り具合に応じて末脚の伸びが変動しました。
勝ち切る決め手に欠けた一方で、ペースが流れた消耗戦では最後まで失速しにくく、内で砂をかぶっても怯まずに脚を運べるメンタルが強みでした。
レース映像やラップの記録からは、道中での巡航速度の安定性と、コーナーで減速せず一定のピッチで回り続けるフォームが安定しており、直線でのもう一段の反応が課題だったことがわかります。
社会現象となった2003~2004年は記念競走や冠名レースが多数組まれ、対戦相手にはグラールマイニング、オノゾミドオリ、ゼンノタカモク、ニュースフラッシュなど実力馬が並び、結果以上にレースそのものの注目度と動員に貢献しました。
ハルウララの新馬戦での走りとその後の成長
デビュー戦(1998年11月17日・高知1000m)は砂を被りながらも大きく怯まず完走し、2戦目・3戦目も同距離で基礎付けを進めました。
翌1999年に距離を1300mへ延ばすと巡航域が合致し、2月27日には3着、10月4日には勝ち馬とタイム差なしの2着まで迫るなど、ラップの揃う条件でパフォーマンスが向上しました。
2001年は夏場にかけてフォームの安定と馬体の張りが改善し、9月9日と10月20日に2着、7月1日に3着と見せ場を作りました。
2002年は5月5日に3着、8月12日に2着と夏場に好走が集中し、季節適性と体重の推移が結果に直結する傾向が明確でした。
その後は社会的な注目度の高まりとともに自らの冠競走に出走し、2004年5月23日の『ハルウララ賛歌』発売記念特別で2着、6月13日の彰海深く千代の宙へ特別で3着と健闘を見せています。
ハルウララの主要重賞での戦績と印象的な勝利
重賞出走はありませんが、話題性の面では重賞級の注目を集めたレースが複数あります。
なかでも2004年3月22日 YSダービーJ特別(中央騎手騎乗)は武豊騎手騎乗で全国ネットの報道が重なり、記念馬券が飛ぶように売れた象徴的な一戦でした。
また2003年11月のおうちへ帰ろうCLUB記念特別、ウララの本04年1月刊行決定特別ではいずれも3着に入り、ハミを受け直してからの惰性の利いた伸びで最後まで脚色が止まりませんでした。
2002年8月12日の一般戦2着は道中を内でロスなく立ち回り、直線入口で早めに外へ出してからの長い脚で勝ち馬に0.3差まで迫る内容でした。
勝利という結果はないものの、観客の声援が背中を押し、凡走後でも次戦に向けて心理的に立て直せる強さが彼女最大の武器でした。
ハルウララの敗戦から学んだ課題と改善点
敗戦の多くは直線の瞬発力不足と、道中でペースが落ちた地点からの再加速局面での反応の遅さに起因します。
これに対して厩舎は「コーナーで減速しない」「外々を回してもピッチを落とさない」走りをテーマに、実戦での立ち回り改善を重ねました。
発馬で置かれた際は無理に位置を取りに行かず、3~4角でじわじわと押し上げて直線まで脚を温存する形に寄せることで、終いの止まりにくさを引き出しました。
また、馬体重が軽いことから砂が深くなると推進力が逃げやすいため、馬場傾向に応じて内目の最短コースを選ぶ騎乗の比重を高めたことも、2~3着の積み重ねに寄与しました。
結果以上に内容の良化が見られ、人気を背負ってもマイペースで走り切る一貫性が評価の核となりました。
ハルウララの名レースBEST5
ハルウララの名レース第5位:おうちへ帰ろうCLUB記念特別(2003年11月9日・高知)
道中は内で砂を被りながらも我慢強く追走し、3~4角で外へ誘導して直線で脚を伸ばし3着を確保しました。
勝ち馬ニュースフラッシュの決め手には屈しましたが、テンに置かれても巡航域へ入ってからはピッチが落ちない強みを全開にできた内容でした。
ラスト1Fの失速幅が小さく、ペースが流れた持久戦での適性がはっきり表れ、以降の記念競走でも同じ勝ち筋を狙う戦術的基盤ができました。
小柄な体で最後まで止まらずに差し返す姿は、観客の声援と相まって象徴的な場面として語り継がれています。
ハルウララの名レース第4位:ウララの本04年1月刊行決定特別(2003年11月30日・高知)
馬場は不良で上がりが速い条件でしたが、向正面からジワッと進出し直線で内ラチ沿いを伸びて3着を確保しました。
勝ち馬ゼンノタカモクのスピードに対し、こちらは惰性の効いた伸びで応戦し、減速率の小ささで上位へ食い込みました。
コーナーでスムーズに加速できたのは姿勢が崩れない体幹の強さゆえで、馬場の重さがかえって末の持続に味方した好例です。
勝ち切る鋭さはないものの、戦い方の最適解を示した教科書的なレースでした。
ハルウララの名レース第3位:サラ系一般(E・2002年5月5日・高知)
スタートから内で待機し、3~4角でインのスペースを捉えてロスなく進出、直線は惰性を活かして3着に粘り込みました。
この日のラップは道中が締まり、前が止まりにくい流れでしたが、最短距離を通る判断が功を奏し着差0.8まで迫る内容でした。
同年夏の2着へとつながるフォームの良化が顕著で、軸がぶれない推進によってストライドの減速が最小化されていました。
構造的な弱点である瞬発力不足をコース取りと持続力で補った「勝ち筋のテンプレート」を確立した一戦です。
ハルウララの名レース第2位:サラ系一般(E・2001年10月20日・高知)
外枠からリズム良く追走し、3角から早めに進出して直線で先頭に迫り2着を確保しました。
勝ち馬キヨラカスパローには及ばなかったものの、上がりの脚色は見劣らず、ゴール前までしぶとく差を詰める手応えがありました。
9月の不良馬場での2着と合わせ、夏~初秋にかけての体調上向きと馬場適性の相関が明確で、以後もこの時期に見せ場が集中する傾向が続きます。
コーナーでの減速が小さく、ピッチを落とさずに直線へつなげられた技術的完成度の高さを示す内容でした。
ハルウララの名レース第1位:『ハルウララ賛歌』発売記念特別(2004年5月23日・高知)
社会的関心のピーク下で行われた記念競走で、序盤は中団イン、向正面でスムーズに外へ出して進出し、ゴール前でグリンセレサに0.3差まで迫る2着と健闘しました。
勝ち切りこそ叶いませんでしたが、直線まで脚を温存し惰性で伸びるという自己の勝ち筋を最大化した好例で、フォームの安定とメンタルの強さが融合したベストバウトです。
この一戦によって「勝てなくても応援できる」物語が確固たるものとなり、以後の記念競走や書籍・映像企画へ広がる礎になりました。
ハルウララの同世代・ライバルとの比較
同世代・同条件の相手関係では、地方の短距離ダートでトップスピードの上限に優れる相手にキレ負けしやすい一方、道中のペースが流れた持久戦では末の鈍りが小さいため着順を押し上げやすい特徴があります。
直接対決の文脈では、2003~2004年にかけてグラールマイニング、ゼンノタカモク、ニュースフラッシュらに敗れつつも、ラスト1Fでの失速幅が小さい分だけ掲示板へ滑り込む場面が散見されました。
人気の有無に左右されず一定のパフォーマンスを発揮する再現性があり、指数面やレーティングを数値化すると、勝利へのピーク値よりも分散の小ささに強みがあるタイプといえます。
総合すると、勝ち切る尖鋭さの不足を、健康寿命の長さと実戦耐性で補っており、地方競馬における「継続出走による集客貢献」という観点で価値の高い存在でした。
ハルウララの世代トップクラスとの直接対決
高知の一般戦で顔を合わせた上位常連は、先述のグラールマイニングやゼンノタカモクなど、コーナーから速い脚を長く使えるタイプが多く、直線のキレで見劣るハルウララはゴール前でわずかに遅れるパターンが典型でした。
ただし馬群の中で折り合いを欠かない気性は武器で、内で砂を被っても走法が乱れず、密集地帯でも接触を避ける巧さでロスを最小化できた点は対戦相手に対する相対的な強みでした。
特に2001~2002年の好走群は、相手レベルが底上げされた中で内容を良化させたもので、指数的には着順以上の価値があります。
このように、同世代の瞬発型に対しては「ポジションとロス削減」で抗うのが常道であり、その再現性が観客の共感を生む背景となりました。
ハルウララのライバルが競走成績に与えた影響
相手レベルの高低は結果に直結し、ハイラップで淡々と流れるときほど着順を上げやすいのがデータから読み取れます。
反対にスローからの瞬発勝負では、直線入口での初速が足りずに差し届かない結果が多く、掲示板を外す頻度が上がる傾向でした。
一方で、人気が上がっても過度に先行策へ振れない騎乗が選択され続けたのは、末の持続に賭ける勝ち筋が明確だったからに他なりません。
2004年の『ハルウララ賛歌』発売記念特別での2着では、ラストで一瞬脚勢が落ちかけたところを惰性で立て直し、勝ち馬グリンセレサへ肉薄しました。
こうした内容の蓄積が、勝利という結果に代わって支持と話題を生み、競馬場の集客とメディア露出の面で大きなプラスに働きました。
ハルウララの競走スタイルと得意条件
理想は内でロスなく立ち回り、3~4角で外へ誘導して直線で惰性を活かす形です。
発馬で置かれた場合も無理に押し上げず、道中で巡航速度を落とさないことを優先し、最後まで止まりにくい脚で押し上げるのが基本戦略でした。
枠は内がわずかに優位で、砂を被っても怯まず走れる気性がプラスに働きますが、馬場が極端に速くなる重・不良では上位の瞬発力に対してキレ負けするリスクが高まります。
一方、良・稍重でペースが流れるときは道中のロス削減で上位進出の可能性が高まり、人気や展開に左右されにくい再現性が強みとして現れます。
ハルウララのレース展開でのポジション取り
スタート直後は無理に前へ行かず、1~2角で内に潜り込んでロスを抑えるのが定石でした。
向正面では進路を確保しつつ脚を温存し、3角入り口からジワジワと回転数を上げて直線へつなげます。
コーナーでの減速を極力抑える走法により、ラスト1Fの失速幅を小さくできるため、着順は地味でも指数面で安定した値を示せました。
直線のギアチェンジが緩慢な弱点は、仕掛けの早さとコース取りで補い、実戦の中で勝ち筋のテンプレートを磨き続けたのが特徴です。
ハルウララの得意な距離・馬場・季節傾向
ベストはダート1300mで、1000mと1400mにも対応しますが、最も再現性が高いのは1300mでの持久戦です。
馬場は良・稍重で道中が流れる条件が好ましく、重・不良では直線のキレの差が拡大しやすい傾向です。
季節は春~初夏にかけてパフォーマンスが上がりやすく、2002年・2004年の好走群がそれを裏付けます。
体重維持の難易度が上がる冬は、反動の少ないローテと内ラチ沿いでの省エネ走が鍵となりました。
ハルウララの引退後の活動と功績
引退後は功労馬として保護・管理され、イベントやメディアで語り継がれる存在となりました。
勝利という結果で評価される競馬において、挑戦を続ける姿勢そのものが支持を集めた希有なケースであり、地方競馬における社会的インパクトの大きさは特筆されます。
単勝馬券や記念グッズの販売、来場者数の増加など、競馬場の経済活動に与えた波及効果は大きく、地域スポーツとしての競馬の価値を再定義する契機になりました。
また「負けても応援できる」という観戦文化を広げた功績は、のちのコンテンツ展開やキャラクター化にもつながり、スポーツと物語の接点を象徴する存在として今なお語られています。
ハルウララの種牡馬・繁殖牝馬としての実績
繁殖牝馬として大きな実績は残していませんが、功労馬としての認知度は極めて高く、引退名馬の保護や啓発活動の文脈で重要な役割を担ってきました。
配合論的には父系・母系の構造から短距離ダートへの適性を伝える可能性が高い系統で、健康寿命の長さやメンタルの強さといった資質は後世へ語り継がれる価値を持ちます。
血統面の華やかさよりも、競走生活で積み上げた「安全に長く走れる」資質が広く知られたこと自体が社会的な財産といえます。
ハルウララの産駒の活躍と後世への影響
競走成績の面で目立つ産駒は多くありませんが、ひたむきに走る姿が物語化され、キャラクターや書籍・映像作品などの形で長期的な影響を及ぼしました。
「勝利以外の価値」を提示した存在として、地域スポーツやエンターテインメントの交差点に立ち、観客の多様な応援スタイルを生み出しました。
この価値観の広がりは、地方競馬のブランディングや新規ファン層の獲得にも寄与し、長期的に競馬界全体の裾野を押し広げる効果を持っています。
ハルウララのよくある質問(FAQ)
本当に113戦すべて未勝利なのですか?
はい、通算113戦0勝です。
ただし2着が5回、3着が7回あり、勝利にあと一歩まで迫ったレースも複数ありました(例:1999年10月4日・高知C68はタイム差なしの2着)。
どの距離・条件で好走が多かったですか?
ダート1300mでの好走が最も多く、1000m・1400mでも出走しました。
良~稍重の持久戦寄りのラップで再現性が高く、夏場にパフォーマンスが上向く傾向が見られました。
社会現象になったレースはどれですか?
象徴は2004年3月22日 YSダービーJ特別で、武豊騎手騎乗によって全国的な注目を浴び、記念馬券が人気を博しました。
同年5月23日の『ハルウララ賛歌』発売記念特別では2着と健闘しています。
騎乗歴のある主な騎手は?
古川文貴、今村賢治、緒方洋介、宮川浩一、上田将司、徳留康豊、徳留五月、明神繁正、そして記念競走での武豊などが挙げられます。
地方所属騎手を中心に、多くの騎手が彼女の走りを支えました。
なぜこれほど支持されたのですか?
「勝たなくても応援できる」物語性、連戦連投に耐える健気さ、地域を盛り上げた経済的効果が重なったためです。
観客の声援が走りを後押しし、スポーツと物語の新しい関係性を示した存在でした。
ハルウララの成績表
日付 | 開催 | レース名 | 人気 | 着順 | 騎手 | 距離 | 馬場 | タイム |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1998/11/17 | 高知 | サラ系3才 3 | 3 | 5 | 古川 文貴 | ダ1000 | 重 | 1:09.2 |
1998/12/13 | 高知 | サラ系3才 4 | 6 | 5 | 古川 文貴 | ダ1000 | 稍重 | 1:07.5 |
1998/12/31 | 高知 | サラ系3才 4 | 5 | 6 | 徳留 五月 | ダ1000 | 良 | 1:08.7 |
1999/01/10 | 高知 | サラ系4才 4 | 7 | 5 | 徳留 五月 | ダ1300 | 良 | 1:31.9 |
1999/01/30 | 高知 | サラ系4才 4 | 7 | 6 | 徳留 五月 | ダ1300 | 稍重 | 1:32.9 |
1999/02/13 | 高知 | サラ系4才 4 | 4 | 4 | 徳留 五月 | ダ1300 | 稍重 | 1:29.9 |
1999/02/27 | 高知 | サラ系4才 4 | 2 | 3 | 徳留 康豊 | ダ1300 | 不良 | 1:27.4 |
1999/03/21 | 高知 | サラ系4才 3 | 8 | 10 | 山北 隆士 | ダ1300 | 不良 | 1:27.1 |
1999/04/05 | 高知 | サラ系4才 4 | 5 | 4 | 徳留 康豊 | ダ1300 | 良 | 1:29.1 |
1999/04/19 | 高知 | サラ系4才 4 | 6 | 4 | 徳留 康豊 | ダ1300 | 不良 | 1:26.6 |
1999/05/04 | 高知 | サラ系4才 4 | 5 | 3 | 徳留 康豊 | ダ1300 | 不良 | 1:27.2 |
1999/05/22 | 高知 | サラ系4才 4 | 1 | 5 | 古川 文貴 | ダ1300 | 良 | 1:29.8 |
1999/06/19 | 高知 | サラ系4才 4 | 7 | 6 | 徳留 康豊 | ダ1300 | 不良 | 1:25.4 |
1999/07/10 | 高知 | サラ系4才 4 | 7 | 6 | 徳留 康豊 | ダ1300 | 良 | 1:27.7 |
1999/08/07 | 高知 | サラ系4才 4 | 8 | 8 | 徳留 康豊 | ダ1300 | 不良 | 1:27.1 |
1999/08/28 | 高知 | サラ系4才 4 | 6 | 6 | 徳留 康豊 | ダ1300 | 良 | 1:26.7 |
1999/09/06 | 高知 | サラ系4才 5 | 5 | 5 | 古川 文貴 | ダ1300 | 不良 | 1:26.5 |
1999/09/20 | 高知 | サラ系一般 C68 | 7 | 7 | 古川 文貴 | ダ1300 | 不良 | 1:26.8 |
1999/10/04 | 高知 | サラ系一般 C68 | 2 | 2 | 今村 賢治 | ダ1300 | 稍重 | 1:27.5 |
1999/11/02 | 高知 | サラ系一般 C65 | 5 | 6 | 徳留 康豊 | ダ1300 | 不良 | 1:26.5 |
1999/11/23 | 高知 | サラ系一般 C66 | 6 | 7 | 今村 賢治 | ダ1000 | 稍重 | 1:06.4 |
1999/12/19 | 高知 | サラ系一般 C67 | 5 | 5 | 今村 賢治 | ダ1300 | 良 | 1:28.0 |
1999/12/30 | 高知 | サラ系一般 C67 | 5 | 4 | 今村 賢治 | ダ1300 | 良 | 1:28.3 |
2000/01/16 | 高知 | サラ系一般 C68 | 4 | 7 | 今村 賢治 | ダ1300 | 不良 | 1:28.5 |
2000/02/07 | 高知 | サラ系一般 C67 | 7 | 8 | 宮川 浩一 | ダ1300 | 不良 | 1:27.7 |
2000/03/18 | 高知 | サラ系一般 C68 | – | 4 | 宮川 浩一 | ダ1300 | 稍重 | 1:29.8 |
2000/04/23 | 高知 | サラ系一般 C67 | 7 | 5 | 宮川 浩一 | ダ1300 | 稍重 | 1:27.4 |
2000/04/29 | 高知 | サラ系一般 C62 | – | 8 | 宮川 浩一 | ダ1300 | 稍重 | 1:28.1 |
2000/05/14 | 高知 | サラ系一般 C67 | 6 | 7 | 宮川 浩一 | ダ1300 | 良 | 1:28.3 |
2000/06/12 | 高知 | サラ系一般 C66 | 5 | 7 | 今村 賢治 | ダ1300 | 不良 | 1:25.6 |
2000/07/02 | 高知 | サラ系一般 C63 | 5 | 6 | 今村 賢治 | ダ1300 | 良 | 1:26.6 |
2000/07/16 | 高知 | サラ系一般 C63 | 7 | 5 | 今村 賢治 | ダ1300 | 良 | 1:27.2 |
2000/08/07 | 高知 | サラ系一般 C65 | 6 | 4 | 今村 賢治 | ダ1300 | 良 | 1:27.6 |
2000/08/28 | 高知 | サラ系一般 C64 | 3 | 4 | 宮川 浩一 | ダ1300 | 良 | 1:28.5 |
2000/09/16 | 高知 | サラ系一般 C63 | – | 7 | 宮川 浩一 | ダ1300 | 不良 | 1:25.8 |
2000/09/30 | 高知 | サラ系一般 C63 | – | 6 | 宮川 浩一 | ダ1300 | 重 | 1:27.9 |
2000/10/16 | 高知 | サラ系一般 C64 | – | 6 | 緒方 洋介 | ダ1300 | 良 | 1:30.0 |
2000/11/04 | 高知 | サラ系一般 C63 | – | 7 | 緒方 洋介 | ダ1300 | 重 | 1:29.3 |
2000/11/26 | 高知 | サラ系一般 C62 | – | 5 | 明神 繁正 | ダ1300 | 稍重 | 1:29.4 |
2000/12/09 | 高知 | サラ系一般 C62 | 6 | 8 | 緒方 洋介 | ダ1300 | 稍重 | 1:29.9 |
2000/12/30 | 高知 | サラ系一般 C63 | 4 | 8 | 古川 文貴 | ダ1300 | 良 | 1:31.0 |
2001/01/22 | 高知 | サラ系一般 C64 | – | 10 | 古川 文貴 | ダ1300 | 重 | 1:31.1 |
2001/02/05 | 高知 | サラ系一般 C66 | – | 6 | 今村 賢治 | ダ1300 | 不良 | 1:27.8 |
2001/02/25 | 高知 | サラ系一般 C64 | 6 | 5 | 今村 賢治 | ダ1300 | 良 | 1:30.8 |
2001/03/11 | 高知 | サラ系一般 C64 | 7 | 8 | 古川 文貴 | ダ1300 | 良 | 1:30.3 |
2001/04/02 | 高知 | サラ系一般 E6 | – | 9 | 緒方 洋介 | ダ1300 | 良 | 1:30.7 |
2001/04/23 | 高知 | サラ系一般 E6 | – | 8 | 今村 賢治 | ダ1300 | 稍重 | 1:28.9 |
2001/05/05 | 高知 | サラ系一般 E6 | 6 | 9 | 宮川 浩一 | ダ1300 | 稍重 | 1:28.1 |
2001/06/03 | 高知 | サラ系一般 E5 | 9 | 8 | 今村 賢治 | ダ1300 | 良 | 1:29.3 |
2001/07/01 | 高知 | サラ系一般 E6 | 4 | 3 | 今村 賢治 | ダ1300 | 良 | 1:28.7 |
2001/07/15 | 高知 | サラ系一般 E4 | 6 | 9 | 今村 賢治 | ダ1300 | 重 | 1:28.8 |
2001/08/05 | 高知 | サラ系一般 E4 | 4 | 9 | 今村 賢治 | ダ1300 | 良 | 1:30.6 |
2001/08/27 | 高知 | サラ系一般 E5 | 4 | 4 | 今村 賢治 | ダ1300 | 良 | 1:30.7 |
2001/09/09 | 高知 | サラ系一般 E4 | 4 | 2 | 今村 賢治 | ダ1300 | 不良 | 1:27.3 |
2001/10/07 | 高知 | サラ系一般 E4 | 7 | 7 | 古川 文貴 | ダ1300 | 良 | 1:29.3 |
2001/10/20 | 高知 | サラ系一般 E5 | 6 | 2 | 今村 賢治 | ダ1300 | 稍重 | 1:28.8 |
2001/11/05 | 高知 | サラ系一般 E3 | 2 | 8 | 緒方 洋介 | ダ1300 | 重 | 1:28.5 |
2001/11/23 | 高知 | サラ系一般 E4 | 7 | 7 | 古川 文貴 | ダ1300 | 良 | 1:31.2 |
2001/12/15 | 高知 | サラ系一般 E4 | 7 | 9 | 古川 文貴 | ダ1300 | 重 | 1:29.3 |
2001/12/31 | 高知 | サラ系一般 E5 | 5 | 8 | 宮川 浩一 | ダ1300 | 良 | 1:31.3 |
2002/01/19 | 高知 | サラ系一般 E5 | 4 | 9 | 今村 賢治 | ダ1300 | 良 | 1:30.6 |
2002/02/16 | 高知 | サラ系一般 E5 | 7 | 10 | 今村 賢治 | ダ1300 | 良 | 1:30.8 |
2002/03/09 | 高知 | サラ系一般 E6 | 6 | 6 | 今村 賢治 | ダ1300 | 稍重 | 1:29.7 |
2002/03/30 | 高知 | サラ系一般 E5 | 7 | 8 | 緒方 洋介 | ダ1300 | 重 | 1:29.0 |
2002/04/28 | 高知 | サラ系一般 E7 | 8 | 7 | 緒方 洋介 | ダ1300 | 良 | 1:30.6 |
2002/05/05 | 高知 | サラ系一般 E7 | 8 | 3 | 緒方 洋介 | ダ1300 | 不良 | 1:26.5 |
2002/05/13 | 高知 | サラ系一般 E8 | 6 | 6 | 緒方 洋介 | ダ1300 | 稍重 | 1:28.3 |
2002/05/26 | 高知 | サラ系一般 E6 | 3 | 6 | 緒方 洋介 | ダ1400 | 良 | 1:35.4 |
2002/06/23 | 高知 | サラ系一般 E7 | 5 | 7 | 古川 文貴 | ダ1400 | 良 | 1:36.9 |
2002/07/22 | 高知 | サラ系一般 E10 | 5 | 4 | 古川 文貴 | ダ1400 | 良 | 1:36.6 |
2002/08/12 | 高知 | サラ系一般 E6 | 7 | 2 | 戸梶 由則 | ダ1300 | 重 | 1:27.2 |
2002/08/31 | 高知 | サラ系一般 E5 | 6 | 8 | 古川 文貴 | ダ1300 | 不良 | 1:28.0 |
2002/12/07 | 高知 | サラ系一般 E7 | 3 | 6 | 戸梶 由則 | ダ1400 | 不良 | 1:38.0 |
2002/12/22 | 高知 | サラ系一般 E7 | 4 | 4 | 上田 将司 | ダ1300 | 不良 | 1:28.5 |
2003/01/01 | 高知 | サラ系一般 E7 | 3 | 5 | 上田 将司 | ダ1400 | 良 | 1:37.5 |
2003/01/18 | 高知 | サラ系一般 E7 | 4 | 8 | 上田 将司 | ダ1300 | 良 | 1:30.4 |
2003/02/10 | 高知 | サラ系一般 E8 | 7 | 6 | 古川 文貴 | ダ1300 | 不良 | 1:27.6 |
2003/03/01 | 高知 | サラ系一般 E9 | 8 | 7 | 古川 文貴 | ダ1300 | 不良 | 1:28.8 |
2003/03/10 | 高知 | サラ系一般 E13 | 5 | 6 | 宮川 浩一 | ダ1300 | 稍重 | 1:30.0 |
2003/03/17 | 高知 | サラ系一般 E9 | 6 | 7 | 古川 文貴 | ダ1400 | 不良 | 1:35.9 |
2003/04/27 | 高知 | サラ系一般 G3 | 6 | 6 | 上田 将司 | ダ1300 | 重 | 1:29.2 |
2003/05/10 | 高知 | サラ系一般 G3 | 8 | 7 | 宮川 浩一 | ダ1300 | 稍重 | 1:29.9 |
2003/05/17 | 高知 | サラ系一般 G3 | 5 | 4 | 宮川 実 | ダ1300 | 重 | 1:29.1 |
2003/06/07 | 高知 | サラ系一般 G3 | 7 | 6 | 古川 文貴 | ダ1300 | 稍重 | 1:29.2 |
2003/06/21 | 高知 | サラ系一般 G5 | 5 | 8 | 上田 将司 | ダ1300 | 重 | 1:28.0 |
2003/07/05 | 高知 | サラ系一般 G2 | 4 | 8 | 宮川 浩一 | ダ1300 | 重 | 1:28.5 |
2003/07/27 | 高知 | サラ系一般 G2 | 2 | 7 | 川江 光司 | ダ1300 | 良 | 1:30.3 |
2003/08/10 | 高知 | サラ系一般 G2 | 2 | 5 | 古川 文貴 | ダ1300 | 稍重 | 1:30.0 |
2003/08/24 | 高知 | サラ系一般 G2 | 3 | 8 | 古川 文貴 | ダ1000 | 良 | 1:07.3 |
2003/09/07 | 高知 | 頑張れ!!ハルウララ・陽香特別 G2 | 2 | 9 | 古川 文貴 | ダ1300 | 良 | 1:30.5 |
2003/09/28 | 高知 | ハルウララを応援する重松清特別 G2 | 2 | 5 | 古川 文貴 | ダ1300 | 稍重 | 1:30.1 |
2003/10/13 | 高知 | サラ系一般 F5 | 1 | 6 | 緒方 洋介 | ダ1300 | 不良 | 1:28.4 |
2003/10/25 | 高知 | 麗お誕生日記念特別 F6 | 2 | 7 | 上田 将司 | ダ1300 | 良 | 1:32.1 |
2003/11/09 | 高知 | おうちへ帰ろうCLUB記念特別 F6 | 2 | 3 | 古川 文貴 | ダ1300 | 重 | 1:28.8 |
2003/11/30 | 高知 | ウララの本04年1月刊行決定特別 F4 | 2 | 3 | 古川 文貴 | ダ1300 | 不良 | 1:28.3 |
2003/12/14 | 高知 | ハルウララ100戦記念特別 F4 | 1 | 9 | 古川 文貴 | ダ1300 | 重 | 1:29.9 |
2004/01/02 | 高知 | おうちへ帰ろうCLUB記念特別 F5 | 1 | 7 | 古川 文貴 | ダ1300 | 良 | 1:31.5 |
2004/01/11 | 高知 | がんばる高知競馬激励特別 F5 | 3 | 10 | 古川 文貴 | ダ1300 | 良 | 1:31.9 |
2004/02/01 | 高知 | ハルウララ観光功労者表彰特別 F9 | 1 | 6 | 古川 文貴 | ダ1300 | 良 | 1:32.0 |
2004/02/15 | 高知 | 高知をまるごといただき特別 F8 | 3 | 7 | 古川 文貴 | ダ1300 | 良 | 1:32.0 |
2004/02/29 | 高知 | たっすいがは、いかん!特別 F9 | 1 | 9 | 古川 文貴 | ダ1300 | 不良 | 1:29.0 |
2004/03/22 | 高知 | YSダービーJ特別(中央騎手騎乗)F8 | 1 | 10 | 武 豊 | ダ1300 | 不良 | 1:28.6 |
2004/04/18 | 高知 | みんなガンバッテるんだ!特別 F8 | 2 | 5 | 古川 文貴 | ダ1300 | 良 | 1:30.7 |
2004/05/05 | 高知 | 春うらら…あすなろ特別 F7 | 2 | 6 | 古川 文貴 | ダ1300 | 重 | 1:30.3 |
2004/05/23 | 高知 | 『ハルウララ賛歌』発売記念特別 F8 | 2 | 2 | 古川 文貴 | ダ1300 | 稍重 | 1:30.9 |
2004/06/13 | 高知 | 彰海深く千代の宙へ特別 F7 | 1 | 3 | 古川 文貴 | ダ1300 | 稍重 | 1:30.9 |
2004/06/27 | 高知 | 男の勲章☆ガンバッテるんだ特別 F6 | 1 | 5 | 古川 文貴 | ダ1300 | 不良 | 1:28.9 |
2004/07/11 | 高知 | URARAサマーレインボー特別 F5 | 2 | 4 | 古川 文貴 | ダ1300 | 重 | 1:29.6 |
2004/08/03 | 高知 | ハルウララ・チャレンジカップ(中央騎手騎乗) | 3 | 5 | 古川 文貴 | ダ1300 | 重 | 1:28.9 |
ハルウララのまとめ
ハルウララは勝利で評価される競馬において、走り続けること自体の価値を提示した稀有な存在でした。
配合はタフネスと持続力に寄り、地方ダート短距離に最適化された体質が113戦の完走を可能にしました。
成績面のハイライトは2着5回・3着7回で、持久戦寄りの流れでロスを抑える立ち回りが嵌ったときに見せ場を作りました。
引退後は功労馬として語り継がれ、地域スポーツとしての競馬の価値を広く伝える象徴となりました。